「環境」の時代に
近年「生物多様性」「ネイチャーポジティブ」といった用語が日常的に報じられます。これは、自然環境の保全や再生に向けた取り組みが社会的に重要視され、それが市民活動だけでなく、企業経営、さらには地方都市の振興戦略にも大きな「価値」を持つ時代が来ていることをハッキリと示しています。
高度成長期といわれた時代には「環境」は「経済」に劣後し、自然環境を多少おろそかにしてでも経済活動が優先されました。一方、環境破壊や汚染といった弊害も各地で頻発し、行き過ぎた開発や企業活動への社会的批判も高まる中「環境庁」が発足した経緯があります。
私は、両親の実家が農家だったこと、小・中学生の頃に通った塾の活動で丹沢山中を駆け巡っていたことなどから、自然への愛着が深く、各地で起きていた環境破壊には憤りを覚えたものです。高校時代は山岳部員でもあり、南アルプスの山腹を崩すスーパー林道や、尾瀬の電源開発の動きなどには特に関心が強く、高校の卒業文集には将来の職業として「環境庁長官」と記したほどでした。
時を経て、SDGs(持続可能な開発目標)が世界標準となるなど「環境」は「経済」に先んじて尊重されるべきテーマとなり、まさに隔世の感があります。しかし、これまで経済を追求した結果として地球温暖化が進むなど、守るべき環境が危機的状況にあることは、私たちの意識と行動が、本当の意味で環境を守れるレベルに今なお至っていないことを示しています。
小田原でも、海水温や気温の上昇が農水産物に確実に影響し始めています。都市化により田畑が減り、コンクリート三面張りの水路に魚影はなく、人工林が大部分を占める森は、保水力が低下するとともに多様な生き物が棲(す)める場所ではなくなりました。どこにでも居たスズメやミツバチを見かけることもめっきり減り…。大きな「いのち」の連環の中に生きている私たち人間も、こうした環境の変化と無縁であるはずはありません。
「環境」への意識の高まりを、単なる社会的な「はやり」としてではなく、身近な生活空間や日常の暮らし方の改善から、貴重な農地や山林、河川や海などの保全や再生などへ具体につなげていく必要があります。森里川海を全て有し、市民・行政が協働し熱心に「環境」に取り組んできた小田原が使命を果たすべき局面です。
(広報おだわら2月号より)